▼『マルクス・エンゲルス小伝』大内兵衛

マルクス・エンゲルス小伝 (岩波新書)

 「マルクスは古くなったのか」.豊かな知見にもとづいて2人の生涯を描き,代表的な原典の読み方をていねいに教えながら思想の本質を説明する.1960年代,若い人に向けて語りかけたマルクス主義への入門書――.

 月書店の国民文庫,青木書店の青木文庫,岩波書店岩波文庫カール・マルクス(Karl Heinrich Marx)とフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)の最適な入門書が揃っている出版社と大内兵衛は紹介した.思想への扉は書物であり,ここではマルクシズムの生成・発展・参加の導きの糸である.本書の刊行当時,岩波新書の5%は社会主義関連の著作,岩波文庫「100冊の本」の5-6%はマルクス主義のものだった.東大在任中,労農派で鳴らした大内からすれば,岩波文化人でマルクス経済理論が「物質的な力」をもつには,「階級」の力と解放が必要と喝破した1844年のマルクスに拝跪するに等しい.

二人は相見て十年の旧知のように語りあったのである.すなわち,エンゲルスマンチェスターにおけるプロレタリアの生活と彼らの政治的自覚,イギリス社会主義の萌芽について語ったにちがいない.それにたいしてマルクスは,今まで自分が抽象的にのみ想定していた社会革命は,君のいうようであれば,空想ではなく現実だなあといって喜んだにちがいない

 マルクスは,大著『資本論』を完成することなく世を去った.しかし,その大綱は形成されていたので,合作者エンゲルスが仕上げた.友人マルクスを「ダーウィンの進化論に並ぶ人類の発達の法則を発見」,すなわち「現代の資本主義的生産方法を支配している特殊な法則すなわち剰余価値学説を発見」したと弔辞で述べている.『種の起源』が出た1859年に『経済学批判』――『資本論』初章――がひとつの完成を見た.そのことを社会科学と自然科学の「新しい時代」の幕開けとみる大内の昂奮は,紙面から溢れんばかりである.プロイセン政府と衝突,哲学・歴史学社会学の探究から共産主義思想に到達したマルクスは,孤高,厳格で不屈の闘志をペンで燃焼させた.

 対するエンゲルスは,社交的で討議から思想の糸を紡ぐ.労作『反デューリング論』『家族・私有財産・国家の起源』『フォイエルバッハ論』.「マルクスの生きているあいだはわたくしは第二ヴァイオリンをひいた」と謙虚に述べたエンゲルスは,マルクスに対する誠実な「理解」で彼を敬い,経済援助を与えてマルクス一家を支えた.ヘーゲル主義者とは対極に,マルクスエンゲルス唯物論者であり,協働して共産主義理論の体系的解明・労働運動の組織化を前進させる.彼らは社会の歴史は階級闘争の歴史である事,一切の自然現象の基礎には物質的な原因があるのと同じに,人間社会の発展も,物質的な生産力によって条件づけられ,経済が社会の土台となり,すべての歴史は階級闘争の歴史であって,プロレタリア革命は一階級の解放でなく人類全体の解放である.

エンゲルスとわたくしは,経済学的諸カテゴリーを批判したかれの天才的小論(すでに述べた『国民経済学批判大綱』)が『独仏年誌』に現れて以来たえず手紙で思想の交換を続けてきたが,彼は別の道をたどってわたしと同じ結論に到達していた

 以上の論理を『共産党宣言』で組み立てた.宣言はマルクスの手によるものであったが,その絨毯はエンゲルス共産主義者同盟に提出していた問答形式の『共産主義の原理』だったという.プロレタリアートにとって,人間性を充実する哲学が自らを解放する精神的武器になるとマルクスは述べていた.その哲学には,階級の連帯とともに個人間の信義で人間が相互に結束することを包含していた.プロレタリアートが自らを覚醒し,組織し,闘争する必要性を主張したマルクスエンゲルスの理論的インセンティブが,両者の小伝の中から見出されるだろう.

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原題: マルクス・エンゲルス小伝

著者: 大内兵衛

ISBN: 4004110661

© 1965 岩波書店