それは,9.11のプレリュード(前奏曲)だった.9.11同時多発テロの前に,タリバンが支配するアフガニスタンにおいて大仏遺跡の破壊が行なわれた.その背後には,ビンラディンとアルカイダの周到な計画があった.バーミアンの大仏破壊に秘められた衝撃の真相とは――. |
アメリカ連邦捜査局が「最重要容疑者」と指定したウサーマ・ビン・ラーディン(Usāma bin Muhammad bin ʿAwad bin Lādin)は,2011年5月2日に米海軍特殊部隊"ネプチューン・スピア作戦"によって殺害された.本書は,9.11アメリカ同時多発テロ事件の約半年前,2011年2月にアフガニスタン北部にあった巨大遺跡「バーミアンの大仏」を破壊したタリバンの指導者ムハンマド・オマル(Muhammad Umar)とビン・ラーディンの関係性をアフガニスタン内政から,さらにイスラム原理主義の「偶像崇拝禁止」を尊重しつつ,世界的遺産「バーミアンの大仏」を保護しようとタリバン政権に働きかけた穏健派,NGO,国連,国内外の考古学者,日本外務省関係者の説得が不首尾に終わった顛末を克明に描く.
タリバン内部は例外なく過激な狂信集団であるとの「一枚岩」のレッテルは,不適切であることが本書の取材に応じた穏健派の意見から解る.ソ連軍撤退後に実権を握ったタリバン政権に巧妙に取り入り,莫大な資金力,卓越した企画力,カリスマ性でアルカーイダの組織力を高めていったビン・ラーディンの影響力なくして,大仏破壊は現実化しなかった.これが半年後の米国本土及び米国民を圧倒的規模で攻撃した9.11の前奏曲だった,という本書の主張は,単純化された部分はあるが,的外れなものでもない.コーランに記された神の言葉「偶像の汚れを離れよ」を遵守し,イスラム教の開祖ムハンマド(Muḥammad)は,聖地メッカのカーバ神殿にあった360体の神像を破壊したという.
国連アフガン特別ミッション政務官は,特別ミッション代表とともに,大仏に非可視化の保護幕を張る,または大仏を崖から切り取り国外に移転する.そのコストは全額国際社会が負担しよう,とアフガニスタン外務省に申し入れを行った.それらは,結局すべて拒絶されている.千数百年前に建造された大仏は,アフガニスタンに所在していても偶像崇拝を奨励するものではない,と主張したイスラム法学者(ファトワ回答)の必死の抗弁も虚しく空を切る.オマルによる大仏破壊の「決定」は覆らず,タリバン発祥の地カンダハルから動くことを嫌ったオマルの遠隔的政治力をよそに,ビン・ラーディンの力は着実に蓄えられていたのである.
大仏破壊という国際社会の慨嘆を招いた暴挙に関し,文化財への否定と攻撃面だけを分析するのではなく,世界同時史の重要部位でもあることを示す意欲が本書にはある.大仏爆破の瞬間を,CNNが入手した映像は伝えている.大仏が無残に吹き飛ばされた数秒後,「アッラー・アクバル!(神は偉大なり!)」「ラーイラーハ・イッラッラー!(アラーのほかに神はいない!)」と昂奮を帯びた複数人の絶叫もそこには記録されている.爆発前後の日時,オマルはパキスタンの内務大臣モイヌッディン・ハイダル(Moinuddin Haidar)と会談していた.2時間15分にわたる会談中ずっと,ハイダルはオマルに大仏破壊を思いとどまるよう説得を試みていた.それに対するオマルな冷淡な無関心が本書で最も衝撃的に読める部分である.
コーランに書いてある最後の審判の日が来ると,太陽が地球に接近してきて,地面は割れ,山さえ粉々になって溶けてしまう…中略…もしこの二体の仏像を破壊しなければ,その最後の審判の瞬間に仏像が宇宙空間に投げ出され,アラーのもとに飛んで行くことになるかもしれない.そのとき,アラーはこう私に聞くだろう.『ムッラ・オマルよ.お前たちは,あの超大国ソ連さえ打ち負かしたではないか.それだけの力がありながら,この二つの偶像さえ壊すことができなかったというのか?そのようなことが私の思し召しだと思うのか?』.そうアラーにきかれたら,私は答えることができないではないか
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原題: 大仏破壊―バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか
著者: 高木徹
ISBN: 4163666001
© 2004 文藝春秋