▼『光の子と闇の子』ラインホールド・ニーバー

新版 光の子と闇の子──デモクラシーの批判と擁護

 "キリスト教的現実主義"の立場から,ジミー・カーター,ブッシュ父子,バラク・オバマアメリカの政治家たちに大きな影響を与えてきたラインホールド・ニーバーの古典的名著を復刊.第二次世界大戦末期に刊行され,デモクラシー社会が内包する脆弱性を指摘しながらも,その原理の正当性を擁護した本書は,デモクラシーの危機が叫ばれる今こそ必読のテキスト――.

 リスト教のもつ諸洞察の観点からリベラリズムオプティミズムを批判した神学者ラインホールド・ニーバー(Reinhold Niebuhr)は,アメリカにおいて〈ネオ・オーソドクシー〉と呼ばれる神学傾向の代表者とされている.ヨーロッパ大陸におこったカール・バルト(Karl Barth)の弁証法神学の運動と呼応したその立場は〈キリスト教的現実主義〉と呼ばれ,聖書的な人間観や歴史観を基礎とした現代的考察と応用を提示,ニーバーのキリスト教的現実主義は,教界を超えて一般世界とくに政治学界に及んだ.戦後のアメリカ教会のみならず,国家の対外政策,ことに対共産主義政策にも少なからぬ影響を与えている.

正義を取り扱うことのできる人間の能力が民主主義を可能にする.しかし,不正義に陥りがちな人間の傾向が民主主義を必要とする

 ニーバーは,ナチズムや共産主義第二次世界大戦などの国際問題について,社会キリスト者同盟機関誌『キリスト教と社会』『キリスト教と危機』で論陣を張り,政治・宗教観は,多くのリベラルに影響を及ぼした.第二次大戦後,ニーバーはアメリ国務省政策立案委員会の顧問として政府の内外政策に助言を与えた.自由主義およびデモクラシーを「光の子」,ナチズムやファシズムといった全体主義を「闇の子」と規定する単純な二元論は,現実と理想を弁別しながらも,来世的救済に逃げずそのどちらの陣営にも悪が内在することを許容しつつ,現実に取り組むことのない空想的な理想主義(ユートピアニズム)を非難する終末論的歴史観を展開する.

光の子らが愚かだというのは,闇の子らのうちにひそんだ私的利益の力を軽く見積もったという理由によるのみではなくて,自分自身のうちにひそむ私的利益の力をも,また軽く見積もっているからである

 東西冷戦を背景に,米国の利益を擁護する西側の政策を露骨に擁護し始めたニーバーは,「光の子」は性善説に与するがゆえ,自己の悪について無自覚な愚かさをもち,性悪的なシニシズム冷笑主義)を特徴とする「闇の子」を制御するには,キリスト教社会主義による恩寵と世界共同体思想を必要とする.それこそパクス・アメリカーナというほかない帝国主義政策であり,デモクラシーは統一原理が欠けるとアナーキズムに堕すことの危機感をもって「闇の子」の台頭(私的利益)を許してはならない,という主旨で対共産主義国政策に貢献した.

世界共同体を建設する事業は,人間の究極の必要性であり,また可能性であるが,それはまた,究極の不可能性でもある.それが必要性であり,可能性である理由は,歴史は,人間の自由を,自然的過程を超えて,普遍性が達せられるところにまで拡大する過程だからである.それが不可能性である理由は,人間の自由は増大するにもかかわらず,人間は,時間と空間とに結びつけられており,特殊的で時間の限定を受けた場所に基盤を持たないところの文化や文明の構想を樹立することの出来ない有限的な被造物だからである

 絶対善はキリスト教の定める神にのみ存在する,と確信的な神の審判の兆しを思い起こさせる警句は,弁証法的神学に近いスタンスである.世界は悲惨の予兆に満ちており,惨禍をいかにアメリカ主導で回避すべきか――ニーバーによるネオ・オーソドクシーは,冷戦期トルーマン=ドクトリンの対ソ連東欧圏基本政策「マーシャルプラン」の神学版となって「現実主義的」対外政策を後押しするパターナリズムとして称賛されている.それがキリスト教の定める律法の解釈であるとすれば,大国の方便に使われる宗教観の神学こそ光と闇,果たしてどちらに属するか判然としない.

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Title: THE CHILDREN OF LIGHT AND THE CHILDREN OF DARKNESS

Author: Reinhold Niebuhr

ISBN: 4794969678

© 2017 晶文社