▼『日本人とユダヤ人』イザヤ・ベンダサン

日本人とユダヤ人 (角川文庫 白 207-1)

 評論家・山本七平が,ユダヤイザヤ・ベンダサンとして1970年に発表し,300万部を超えるベストセラーとなった記念碑的名著.砂漠対モンスーン,遊牧対農耕,放浪対定住,一神教多神教など,ユダヤ人との対比という独自の視点から展開される卓抜な日本人論.豊かな学識と深い洞察によって,日本の歴史と現代の世相に新鮮で鋭い問題を提示した本書は,山本学の原点となった――.

 ざや,便出さん.本書は評論家である山本七平が戯れたペンネームを用いて発表したものであり,その中で彼は古きユダヤの賢者の言葉を信奉するかのように自己を位置づけ,同時に歴史ある日本人であることを強調している.日本において西洋文化が根付き,外国からの視点の文化批評をさらに日本人の立場から照射した遊戯的な随筆である.

 あらゆる国において,表面上の現実とその奥に潜む建前や本音が存在する.ユダヤと日本の文化および歴史が著しく異なる中で,著者は巧妙に常識と非常識を対比的に浮き彫りにする.例えば,約2000年前のユダヤ人社会では全会一致の決議が無効とされていたが,これに対照して日本では全会一致の決議が最も重要視されている.これに対する理由について,独自の視点で洞察を提供する.

日本人の大きな特徴の一つは牧畜生活を全くしなかったこと,遊牧民と全然接触しなかったこと.従って遊牧民的思考と牧畜民的行き方が全く欠如していることである.その一例としてあげられるのが奴隷制度と宦官がなかったことであろう…中略…実質的に奴隷がいなかったのはイスラエルだけだといえる.これはモーゼの律法特に申命典が奴隷をもてないようにしていたからであって,むしろ例外である

 山本のライフワークとも言えるのが,「空気」と「空体」の概念を通じて日本社会と日本人の行動様式を独自の視点から分析することであった.彼はアウトサイダーとしての視点から,現代においてはアナクロとも思える思想をもっともらしく綴っており,その中で自己満足のために歪んだ様で認識されている文化の「型」が大きな支持を受け,本書と『「空気」の研究』はベストセラーとなった.

 総括すれば,本書は「日本に生まれ育ち,太平洋戦争直前に米国に帰国した日本語に堪能なユダヤ人」を装いつつ,異文化間の比較を通じて読者に新たな視点を提供すると同時に,アナクロ思考の面白さを伝える一冊となっている.ただし,著者はユダヤシオニズム〈離散からの帰還〉をほとんど理解していない.遊戯的なスタイルと独自の分析は,文化や歴史に対する理解を深めつつ,社会における慣習や価値観に対する疑問を無責任に呼び起こすものである.

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原題:日本人とユダヤ人

著者:イザヤ・ベンダサン

ISBN: 4043207018

© 1971 角川書店