▼『媚びない力』杉良太郎

媚びない力 (NHK出版新書)

 媚を売ることを嫌い,一途一心の気構えで芸を磨いてきた杉良太郎.下積み時代の屈辱の体験,芸能界の荒波を乗り切る知恵と工夫,芸の先達から政治家まで錚々たる戦後名士たちの素顔,時に「売名」と揶揄された福祉活動の真実‥‥デビューからの50年間が大胆に記される.人生を輝かせる術から成熟の極意まで,凡百の人生指南本を超えて胸を打つ50年間の軌跡――.

 やかな響きのあるニックネーム"流し目",「杉様」と叫ぶファンの声援に感謝しつつも,本人には釈然としない感覚がある――杉良太郎は,本書刊行時に芸歴50周年を迎えた.しかし,彼のいわゆる福祉事業,ボランティア活動は芸歴よりもさらに7年ほど長く,すでに60年を超えていた.歌手デビュー前の15歳当時,歌謡学院の盲目の教師に誘われ,刑務所慰問で受刑者の前で一生懸命歌った.さらに同じ年,兵庫県の養老院で入居者を慰問し,歌を披露するとともに白黒テレビを施設に寄付したという.老人たちは鉄のベッドの上に正座し,涙を流して15歳の少年を拝み,感謝を述べた.刑務所の受刑者も,やはりこの少年を拍手喝采で誉めそやした.

 この時の経験が,「杉良太郎」と命名されて以降の芸能活動の原点になっている.もうひとつの原点がある.それは両親の影響で,建築業を営みながらも芝居や浪曲の趣味が高じて掛小屋を立て,目利きの興行師として活躍した父は,お人よしだった.明石駅から海に向かって歩いて行ったところの遊郭(山本楼)の常連であった父は,幼い息子を遊女に預けていくこともあった.遊女も茶を挽いて暇だったのだろう,ちゃぶ台に乗って歌う良太郎を愛で,菓子や小遣いを与えた.母は,道楽者の夫を咎めず,家が火の車だというのにお遍路や物乞いをみると米を借りてでも寄付する人だったという.その口癖は「人には親切,慈悲,情け」.

 後年,杉は芸能界のみならず,田中角栄福田赳夫竹下登,大物総会屋と言われた上森子鉄まで政界の有力者にも贔屓にされていく.劇作家の川口松太郎が「君はボランティアとか,チャリティーとか,そういうのはあてはまらない.献身だな」と評したのは,芸能活動が派手になっていくにつれ「中年キラー」「後家殺し」と色気をにおわす杉の内面に,媚びない一本気を見出していたからだ.古希を越え,その体現を明かすエピソードが,本書にはふんだんに出てくる.刑務所慰問,被災地支援,ベトナムに教育施設(日本語学校等)の設置,ベトナムの子ども百数十人の里子引受け,無償援助など――慈善活動は,いまでも売名行為と叩かれることも多いという.

非常識と言われるほど一途にならなければ,人は感動させられない

 半世紀以上の活動で延べ数十億の私財を投じる行為を売名と断じる合理的な論拠など,今まで聞いたことがない.本書ではなく,別の媒体で杉が語った言葉があった.かつては「売名」といわれるのが嫌で,黙って活動をしていたという.でも,お金をもっている人はお金を,お金がない人は時間を寄付すればいい.それは福祉活動なのだと.そしてお金も時間もない人は,福祉活動をしている人を理解してあげれば,それだけでも立派な福祉の心につながるのだから,と.困難に打ちひしがれた人へ,長年の貢献活動をしなければ洞察できない到達である.この人は,正々堂々とした真の事業家であることを確信させる.今では稀にしかお目にかからず,費用対効果に侵食された社会起業家にとってかわられた"社会事業"という名の事業家なのだ.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 媚びない力

著者: 杉良太郎

ISBN: 9784140884430

© 2014 NHK出版