▼『バナールな現象』奥泉光

バナールな現象

 34歳・予備校教師のありふれた日常の光景に,底なしの混迷の闇が,突如巨大な口を拡げる‥‥影のごとき「友人」の出現,「政治家秘書」の陰謀めいた挙動.アフリカの砂漠のイメージを呼び込み,虚構と現実のめくるめく合体を果敢に展開する長編問題作――.

 江健三郎『個人的な体験』を下敷きに著したことを,著者は明言している.換骨奪胎とも解される懸念があるプロットは,集英社「すばる」新人賞最終選考の座談会で,処女小説を「バナール(な作者)」と評されたことから生まれた「バナール主義」の産物か.

 バナールは,「凡庸」「陳腐」という意味である.生まれてきた巨頭症の子を育てる決意を固める大学/予備校講師木苺は,メタフィクション語り部となっている.幻想,倫理,アカデミズム,妻の失踪,アフリカの地図,鴉,腐乱する海老――木苺の心理的徘徊は,前衛的なシュールリアリストの芸術家を思わせる.

 リアルタイムでTVモニターに映し出される湾岸戦争のイメージから干渉を受け,悪夢的パラノイアの耽美な暗喩が連続して描写されていく.バナールの実存的解釈は,本書の本文からのみでは難しい.それにもかかわらず,読み通すことにさほど難はないのは不思議.

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原題: バナールな現象

著者: 奥泉光

ISBN: 4087740560

© 1994 集英社