▼『カントの人間学』中島義道

カントの人間学 (講談社現代新書)

 エゴイズム,親切,友情,虚栄心‥‥人間の「姿」はいかなるものか.複雑で矛盾に満ちた存在を描き出すカントの眼差しに拠り,人間の有り様の不思議を考える――.

 高と野卑,熱中と冷淡,聡明と愚鈍,明朗と陰鬱,博愛と冷酷――人間の複雑性を認めていたイマヌエル・カント(Immanuel Kant)は,「人は哲学を学ぶことはできない……ただ哲学することを学びうるのみ」という言葉を残した.本書は,カント研究者の著者による1992年出版の『モラリストとしてのカント I』を再編集したもの.著者の認識するモラリストとは,「ある時代の習俗や情念を観察し叙述し分析する著述家」という意味であるという.

 『美と崇高の感情に関する観察』(1764)で下層民を軽蔑したカントは,ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)に人間理解の不備をたしなめられ,自家用本に「私は人間性を敬うことを学ぶ」と素直に書き込んだ.教育学の古典中の古典を著す一方,少年時代に強姦未遂で逮捕され,成人後は,知的障害者を虐待して妊娠させ,5人の実子を私生児として孤児院にぶち込んだ男を尊敬するなど,それ自体が一驚に値する.

外形的,物理的にさまざまな欲望を除去あるいは遠ざけあるいは消去することは,いわば幼児の状態を再現することであり,決して真の意味での欲望の克服ではなく,よってこうした状況のもとにおける行為は断じて道徳的ではないのである.道徳的善は,結局自愛に行き着くさまざまな感情の傾きを物理的に抹殺ないし隔離してではなく,こうした多様な感情の傾きを徹底的にくぐり抜けて達成される

 ドイツ啓蒙主義時代の自由な雰囲気では,現在とはかけ離れたモラリストも多かったのだろう.終生人間嫌いでありつつ,「世界市民的」哲学者に脱皮するカントは,1760年代にデイヴィッド・ヒューム(David Hume)の影響で,「独断のまどろみを破られた」と回顧するほど,懐疑論哲学による形而上学批判から目を開いている.認識,行為,感受という人間の直観を思索するカントのモラリスト的形成は,若い時代の貧窮や人間蔑視を通過してなされていったことが窺える小著.

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原題: カントの人間学

著者: 中島義道

ISBN: 4061493833

© 1997 講談社