▼『黒い看護婦』森功

黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人 (新潮文庫)

 悪女(ワル)―同じ看護学校を出た看護婦仲間.一見,平凡な中年女性たちは,身近な人々を次々に脅し,騙し,そして医療知識を駆使した殺人にまで手を染めていた.何が,女たちをかくも冷酷な犯罪へと走らせたのか.事件の背後には,四人組の特殊な人間関係,なかでも他の三人から「吉田様」と呼ばれ,女王然と振舞う吉田純子の特異な個性があった.戦慄の犯罪ドキュメンタリー――.

 ・権力・女をサスペンスの「三種の神器」と看做す男の安直さを,掃くような事件だった.1998年から1999年にかけ,福岡県久留米市で発生した保険金殺人事件は,加害者側に男女の痴情がなく,女性看護師3人が医療知識を悪用して企図・実行された.詐取した保険金でマンション最上階のペントハウスを占有,同棟に住む3人を従えた「女王」吉田純子に,本書の視点はフォーカスされる.

 虚言と恐喝を使い分け,時に対応させ人の心を腐食していく吉田の手口が,リアルに述べられている.吉田は,標的に定めた人間の弱さを鋭く嗅ぎ分け,徹底的に攻める.さらに,嘘の露見を防ぐため,ターゲットの人間関係を周到に破壊していく.その帰結として,共犯者2人の夫を残虐に殺害し,共犯者の母殺害計画の指揮をとり,果ては,同性愛行為で「妊娠した」と突拍子もない嘘を恋人「役」に信じ込ませる.

 4人が不当に得た金は全て吉田が独占し,一連の事件の主導権を握っていた.懲役刑が科せられた2人(1人は病死のため公訴棄却)とは異なり,吉田は死刑判決が確定している.吉田に唯々諾々と従ったように見える3人には,自主的な思考力も働かなかったのかと疑いの眼も向けられた.しかし,蛇に見込まれた蛙の心持ちは,当人でしか分からないということがある.吉田を含め,取り立てて生育環境が劣悪だったということはない.

 むしろ,同年代の女性に比べ恵まれていたと評価できる者も共犯に加わっていた.不遇な環境が凶悪犯罪の主因となるわけではない.成育環境は促進要因なのである.善意に包まれた人間性の持ち主がいるように,悪逆の塊のような人間がいてなんら不思議はない.本書は,「平々凡々たる中年女性が殺人者に陥った」という生易しい文脈では,到底,想像できない事件を扱っている.読み応えはあるが,吐き気も催す.

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原題: 黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人

著者: 森功

ISBN: 9784101320519

© 2007 新潮社