▼『赤狩り時代の米国大学』黒川修司

赤狩り時代の米国大学―遅すぎた名誉回復 (中公新書 1194)

 一九九〇年,ミシガン大学の米国大学教授連合支部の機関誌に,赤狩りの犠牲者三名の名誉回復の記事が出た.これがきっかけで著者は,米国が今も後ろめたく感じているマッカーシーイズムの時代に,米国の教官,大学,そして団体が学問の自由にいかに対応したかを探り,米ソのデタントが成立し,共産主義に非寛容でなくなった時点まで跡づけている.同時に,民主主義の国=米国がもつ衆愚政治への危険性にも,目を向けさせてくれる――.

 ランクフルト大学とベルリン大学ハーバード大学で学び,独占資本の支配がもたらす斬新な複雑性に対処する「経済的余剰」の概念を展開したポール・A・バラン(Paul Alexander Baran)は,アイビー・リーグとして初のマルクス経済学系終身雇用権(スタンフォード大学)を取得した.1938年に連邦議会下院に特別委員会として設置された下院非米活動委員会(HUAC)聴聞会でバランは共産主義思想を追及され,パージされかけた.

 このとき,スタンフォード大学の教授たちが非米活動委員会に召喚され,バランを一貫して擁護したために,彼は大学を追われずに済んだのである.いかにイデオロギー的に反体制的であろうとも,当時のアイビー・リーグや州立大学群のなかで,スタンフォードは率先して学問の自由を尊重し,学者の尊厳を死守したことも忘れるべきではない.HUACは当初,国内のナチス支持集団による破壊活動の抑制を目的として設立された組織であった.

 民主党政府の要人ディーン・アチソン(Dean Gooderham Acheson),中国学者オーエン・ラティモア(Owen Lattimore)への弾劾や追放など,マッカーシズムは,主要ターゲットを共産主義者へと転じた.共和党アイゼンハワー政権の成立後,政府機能審査小委員会はFBI,CIAから陸軍に至るまで政府機関右翼派議員による「赤狩り」の牙城となる.

 2010年代の全米理事同窓生協会(ACTA)によれば,キャンパス内の講演に対するボイコット,制裁運動など「学問の自由」に対する深刻な脅威が指摘されている.一方ではAAUP(米国大学教授連合)の会員が大幅に減少していることで,その脅威は静かに進行していることが著者の問題意識としてある.州政府や理事会,あるいは大学当局によって大学研究者の地位を脅かすことは,AAUPの最も懸念することであり,共産主義に非寛容でなくなった時代に赤狩りの犠牲者たちの名誉回復がなされても,危機は去るどころか増幅しているようにさえ見えるわけだが.

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原題: 赤狩り時代の米国大学―遅すぎた名誉回復

著者: 黒川修司

ISBN: 4121011945

© 1994 中央公論新社