▼『人間の覚悟』五木寛之

人間の覚悟 (新潮新書 287)

 そろそろ覚悟をきめなければならない.「覚悟」とはあきらめることであり,「明らかに究める」こと.希望でも,絶望でもなく,事実を真正面から受けとめることである.これから数十年は続くであろう下山の時代のなかで,国家にも,人の絆にも頼ることなく,人はどのように自分の人生と向き合えばいいのか.たとえ,この先が地獄であっても,だれもが生き生きした人生を歩めるように,人間存在の根底から語られる全七章――.

 解釈で始まった連載「親鸞」と同時期に,企画化が進められた本.時代の価値観は移り変わっても普遍性を認識できる者が,大局観をもつといえるだろうか.著者は,本書で「明らかに究める」ことを「覚悟」と表現した.断末魔の声をあげているこの時代は,希望でも,絶望でもなく,事実を真正面から受けとめることから認識が始まる.人にも,社会にも期待するから,裏切られた時に収拾がつかなくなる.それよりも,勇気をもって現状を直視することが説かれている.

 親鸞は,「地獄は一定すみかぞかし」と述べた.国家が個人を守るというまやかしは,平壌で敗戦を迎え内地へ引揚げてきた時の地獄から体感的に得られている.だから,「地獄の入り口の門が,ギギギ,と音を立てて開き始めているような気配がある」と本書はいう.なぜ,人に「自律」を強いる社会になったかは分析されていない.ただ,この現状に浸ったままの「護送船団方式」での安心はもはやあり得ない,そのことが繰り返し主張されていく.

 終末観を呈しているようで,どこか楽観的なニュアンスも残っている.10年間の作家活動休止期間を経て取りかかった連載は,王朝文化から武家政権に移行する時代,ユニークな僧侶であった親鸞の生涯だった.女性の読者層が多かった五木作品は,2000年代の終わりから中高年男性からの支持が高まったという.登山は,往路よりも復路に注意が払われる.時代と世相にも同じことがいえ,そのことを肌で感じている層が,厚くなってきている可能性がある.それが望ましいかは解らない.

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原題: 人間の覚悟

著者: 五木寛之

ISBN: 4106102870

© 2008 新潮社