▼『寛容についての手紙』ジョン・ロック

寛容についての手紙 (岩波文庫)

 迫害,拷問,殺戮が,宗教の名によって横行した17世紀ヨーロッパ.信仰を異にする人びとへの「寛容」はなぜ護られるべきなのか?本書は,この難問に対するロックの到達点.政治と宗教の役割を峻別し,人々の現世の利益を守るのは為政者の任務だが,魂の救済については宗教に委ねられる.後世に多大な影響を与えた「政教分離」の原典――.

 誉革命の結果,1689年にイギリスで制定された「寛容法」は,プロテスタントの非国教徒の信仰の自由を認めた.イングランド英国国教会(アングリカン・チャーチ)を国教としていたが,ジェームズ二世(James II)はプロテスタントも認めるという寛容政策を打ち出した.聖俗を分離させ,為政者は個人の信仰問題に干渉しない.外面世界を律するものは理性であり,寛容は理性の命令にほかならない.神と内観的に対峙して得られる「内なる光」は,ジョン・ミルトン(John Milton)やジョン・ロック(John Locke )の思想にみられる,プロテスタント信仰を基盤にした「内なる自由」の追求であった.神の啓示は各個人の良心に直接示されるものであり,個々人の良心に外から介入し強制することは許されない.

いかなる私人も,教会や宗教の違いを理由として,他人の社会的権利の享有をそこなう権利を持ってはおりません…中略…いや,われわれはたんなる正義という狭い限度に満足することなく,慈愛,博愛,寛大がそれに加えられねばなりません

 為政者の役割に自国民の生命・健康・自由・財産,すなわち「固有権」の保全を据え,宗教の役割には魂の救済を置く.ロックによれば,国家は世俗的善の保全を目的とするのに対して,教会は国家からも世俗の事柄からも全く区別され,切り離されている.法的に許容されている範囲を超えた宗教的活動はそれが宗教の名のもとに行われるとしても許されないという.長老派,会衆派(独立派),バプティストなどのプロテスタント諸教派は,一定の条件つきながら,英国国教会の外に独自の礼拝集会を持つ自由を認められた.初期の宗教改革者たちの多くは内面的確信に対する迫害に反対したが,現実にカトリックプロテスタントの対立が激化していったときに,理性を基礎にして宗教的和解を説いたのはルネサンス人文主義者――エラスムスやトマス・モアら――であった.

 ロックは敬虔なピューリタンであり,宗教的寛容を無制限に拡大するのではなく,宗教上の騒乱は意見の相違ではなく相違に対する不寛容と考え,許容され得る宗教条件を検討したのである.特定の宗教や信条と政治権力との関係を原理的に断ち切り,諸宗派間の平和的な共存を基礎づけた一方,政教分離,良心の自由という新たな理念と,伝統的な国教会支配体制との妥協を模索して,国王に対する忠誠宣誓をし,カトリックの教義の基本である化体説を支持せぬ宣言を行った場合には刑罰は加えられないこと,所定の登録を済ませれば独自の集会をもっても罪にはならないことが定められたのである.寛容法でプロテスタント非国教徒に宗教上の寛容を認めるといっても,容認された宗派はカトリックルター派だけで,教皇の無謬性を盲信するカトリックと三位一体説を否定する一部のプロテスタント(ユニテリアンなど)は対象外とされた.

人の認識範囲は狭く,また誤り易いので,自分の宗教的な意見が正しく,他人のそれが誤っているということについて,確実な知識を持てない.確かに,国王は他の人々よりも権力という点では生まれながらに上位にあります.しかし,自然においては平等です.支配の権利も支配の技術も,それ以外のことがらの確実な知識を伴うものとは限りませんし,ましてや真の宗教の知識を伴うものではさらさらないのです

 政教分離を大前提としながらも,政治社会の公的な秩序を守るために寛容に一定の制限を課すものであったことは,近代国家における宗教的寛容とは,人々の現世の利益を守るのは為政者の任務,魂の救済については宗教に委ねられるテオクラシー(神権政治)の帰属を意味していた.ロックは,統治や社会には全く関係がないような思弁的意見,神への礼拝は,絶対的な寛容への権利を持つと論じた.政治支配者が圏域の宗教を決定する意味では,真の寛容とはほど遠いものであった.教会は神に受け入れられ,魂の救済に役立つと判断する仕方で神を公的に礼拝する為に自主的に結社した人々の自発的な礼拝によって,信仰者は永遠の生命を得る.これに則った者に対しては寛容であるべきと説く本書は,神学者フィリップ・ファン・リンボルク(Philipp van Limborch)の書簡に対するロックの返信という形式をとって執筆された.

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Title: A LETTER COCERNING TOLERATION

Author: John Locke

ISBN: 978-4-00-340078-4

© 2018 岩波書店