牛肉産地偽装,自動車メーカーのリコール隠し,警察の公金不正流用,建設業界の官製談合‥‥官民問わずに不祥事が続いている.そしてこれらの事件の多くは,関係者による内部告発がきっかけとなって明るみに出ている.内部告発はどのようなメカニズムでなされるのか.告発者の心理,告発された組織からの報復等,そのプロセスを解説するとともに,2006年4月施行の公益通報者保護法が社会に与える影響を考察する――. |
組織の不正を糺す行為「内部告発」は,官民を問わず不祥事の嵐の中で存在感を高め,また告発行為によって社会的関心を集める.告発者と所属組織の共倒れも珍しいことではない.組織は解体,倒産することになり,告発者はその行為によって社会に公正性を問いかけるが,個人的内面や生活は破壊されることが多々ある.告発者のその後の生活を概観する限り,重い痛みと責任が楔となって胸に刺さり,抜き去ることの難しさを感じさせる.米国においてはサーベンス・オクススリー法で,内部告発の社会的意義の必要要件を示している.「情報公開」「厳罰主義」そして「告発者の保護」である.
エンロン,ワールドコムの不正会計,FBI本部による「9・11事件の捜査妨害」――告発者は,2002年12月,2003年1月のTIME誌の表紙を飾った.その勇姿は眩しいが,内部告発者のうち「ほとんどが職を失い,17パーセントが家を失い,15パーセントが離婚をし,10パーセントが自殺」という統計結果が出されているのも,やはり米国.日本国内でも内部告発の立法的対応が認識されてきたが,社会的な意味でのリスク・マネジメントとプロトコールは,乏しいといわざるを得ない.「公益通報者保護法」による「公益通報」と「内部告発」の違いは,不正事実を組織内部へ通告するか,組織外部へ告発するかという点にある.
内部告発は,組織の権威や支配の正当性に真っ向から挑戦する行為であり,権威や正当性が崩れることは組織の存立が危機に瀕することを意味する.告発をされた側はこの危機にどう対処すべきか重大な岐路に立たされ,経営陣の真の実力が試されることになる.うろたえて報復に走り,かえって傷を深くする場合もあれば,覚悟をもって踏みとどまり告発された不正の克服と失われた権威の回復に正面から取り組む例もある
内部告発は誹謗中傷ではなく,組織への背任を冒してでも公益性に貢献することが要求される.具体的事実を示すために,しばしば内部文書の持ち出しが行われることになる.2006年4月施行「公益通報者保護法」で,413の法律の違反が内部告発の対象となるようになったと本書では紹介している.しかし,原則,公益通報が保護するのは通報を行った労働者のみ.かつ,不正行為を行っている組織と直接雇用契約を結んでいる労働者に限定されていることは問題点.取引業者に雇用される労働者の場合には,解雇の無効,不利益な取り扱いの禁止は適用されない.羊を狼の手中で遊ばせている状況が不変のものならば,羊に危害を加えた狼には強大なペナルティが待っていると睨みを利かせておくほかはない.
内部告発の定義を確立し,企業意識を監視する市民意識の醸成を図ることが,立法措置を活用する美俗を生む.外部から遮断された組織構造と組織文化,職種と階層が並存している組織への適用が難しいと推量できる.直接的には「経済営利目的ではない大義型存在意義」をもっているとされる警察・軍隊・大学・病院・宗教団体等であり,閉鎖的雰囲気に支配され守られている組織に,「公益通報」「内部告発」がいかに風穴を開けることができるかが問われる.本書p.110-114の「内部告発者への忠告」は,ありがたくも形式的な訓告の域を出ないものの,その立法措置の意義と背景について基礎理解を促す手引きとして,最適である.
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著者: 櫻井稔
ISBN: 9784121018373
© 2006 中央公論新社