▼『阿片』ジャン・コクトー

阿片: 或る解毒治療の日記 (角川文庫 リバイバル・コレクション K 9)

 詩人であり劇作家,またある時は映画監督.本書は,虚と真実を自由に横断したマルチ・タレント,ジャン・コクトーが,愛弟子ラディゲの死による孤独のため陥った阿片中毒の解毒治療中に綴ったデッサンとノートによる――.

 片を制するものは支那を制す,とされ莫大な闇利権を背景に,共同通信電通の母体を有力メディア化し,満州建国に影響力をもった里見甫は,阿片で得た利益の2分の1を蒋介石(国民党),4分の1を南京政府――日本の傀儡政権――,4分の1の内訳8割を日本軍部,残り2割を自身の経費として懐に収めていた.これは阿片の社会的用具性の例.あるいは趙学敏『本草綱目拾遺』が阿片による肉体的,道徳的荒廃を説明した文献であるなら,ジャン・コクトーJean Cocteau)は,錯乱に陥る中でシュールレアリスムを縦横に謳歌するのに阿片の力を借りた.

阿片が,すべてを滅茶々々にして,喫む者を見棄てることはよくある.阿片は,生きていて,気ままで忽ちにして喫む者に矛を向けることもする分析しても解らない物質だ.阿片は病的に鋭敏な晴雨計だ.湿気の多いお天気の日は,パイプが漏る.海辺へ行くと,阿片は膨らんで,燃えなくなる.雪や,雷雨や,北風が近い時には,利かなくなる.或る種のおしゃべりが席にいたりすると,まるでその効力を失ってしまう

 散文調の滅裂な記述.ハイテンションで描かれたと思しき独特のデッサン.文とデッサンの構成は,1913-1919年の『ポトマック』で一応の完成をみせていた.だが愛弟子レイモン・ラディゲ(Raymond Radiguet)の死後,1924年からコクトーは阿片に親しむようになったから,その陶酔がアフォリズムを加速したのだろう.本書の文とイラストは,1928年12月16日から1929年4月まで,コクトーがサン=クルー療養院入院中に書かれた.

阿片は精神を晴れやかにする.然し決して機智的にはしない.阿片は精神を延べひろげる.然し決して尖らせはしない

 解毒治療に努め,本書が医学文献と既存の阿片文献の間に位置することを求めたコクトーは,ここで阿片の害毒に屈した自分を認めるのではなく,詩的源泉の効用を讃える.本書は,阿片の恍惚と禁断症状を克明に語った内観的記録.その諸味のソースは,薬物リハビリにはまったく用を為さない.選れた詩人は,迷妄たる状況からも活眼を開く糧を拾い出してくる.その事実の特異性に,一般人はなかなか気づくことが難しいからである.

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Title: L'OPIUM

Author: Jean Cocteau

ISBN: 9784042047025

© 1998 角川書店