▼『沈没船が教える世界史』ランドール・ササキ

沈没船が教える世界史 (メディアファクトリー新書 16)

 20世紀末,ポルトガルの考古学チームは沿岸で一隻の沈没船を発見した.17世紀頃に沈んだらしい船からはおびただしい量の胡椒が発見され,船は「ペッパレック(胡椒沈没船)」と名づけられる.他に発見されたものはシナモン,クローブなどの香辛料,金に珊瑚,日本や中国の陶磁器‥‥ポルトガルの船乗りが世界を経巡った証拠が,そのまま海の底に残っていたのである.日本でも専門学部が創立され注目が集まる「水中考古学」.アメリカで最新の水中考古学を学ぶ若き日系アメリカ人研究者が,初めてその最先端を語る一冊――.

 歌山県の串本沖で嵐に見舞われ,1890年に沈没したトルコの軍艦エルトゥールル号の犠牲者は,約600人であったと考えられている.沈没したエルトゥールル号からは,当時には希少品とされたガラス製品が発見され,トルコから日本への運搬物の価値を推察させるものだった.トルコ南部で見つかったケープ・ゲラドニャ沈没船からは青銅の破片が大量に見つかり,ポルトガルのペッパーレックからは,胡椒が原型を留めたまま大量に引き揚げられた.

 酸素の遮断される海底に没した船舶は,陸上の遺跡よりも保存状態のよいケースが多い事実は興味深い.1960年代にトルコで沈没船の発掘を開始したジョージ・バス(George Bass)の活動から,海の考古物<沈没船>の調査と科学的探究は始まったとみられ,沈没船の探査の歴史は浅い.「水中考古学」には,沈没船や海底遺跡に2~3年の事前調査と6か月前後の発掘作業,10年以上の事後管理にかかると著者は述べている.試論としての学問上の定義・分類も好感が持てる良書.

 海洋資源開発における技術力の高い海洋利用国は,国際的な条約や規制に対する懸念を抱きながらも,その定める規範の下での海洋資源の利用を模索している.しかしながら,海洋資源開発における国際的な規範の確立には,いくつかの障害がある.例えば,海洋利用国は,海洋資源の利用に関する国際条約が定める原則や規定について危惧する.原位置保存の原則や,水中文化遺産の所有権,政府船舶である沈没船の主権免除に関する規定に対する懸念があるためだ.

 世界の海域には300万隻以上もの沈没船があると推定されている.水中における考古学的フロンティアの真価が問われる問題は,海洋利用国が条約の批准に踏み切る際の大きなハードルとなっている.具体的に「水中文化遺産保護条約」は,海底遺跡や沈没船など水中にある文化遺産の保護を目的としている.しかし,この条約の下では,トレジャーハンターによる無秩序な引き揚げが規制されており,海洋利用国がその規定を受け入れることについて慎重な検討が求められている.

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原題: 沈没船が教える世界史―われわれの知る世界の歴史は海の考古学者たちの「発掘」によって,塗り替えられつつある!

著者: ランドール・ササキ

ISBN: 9784840136648

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