▼『沈黙の春』レイチェル・カーソン

沈黙の春 (新潮文庫)

 自然を忘れた現代人に魂のふるさとを思い起こさせる美しい声と,自然を破壊し人体を蝕む化学薬品の浸透,循環,蓄積を追究する冷徹な眼,そして,いま私たちは何をなすべきかを訴えるたくましい実行力.三つを備えた,自然保護と化学物質公害追及の先駆的な本がこれだ.ドイツ,アメリカなど多くの国の人々はこの声に耳を傾け,現実を変革してきた.日本人は何をしてきたか――.

 続可能な社会の実現には,環境汚染を自然の浄化能力が上回っていなければならない.エルンスト・ワイツゼッカー(Ernst Ulrich von Weizsacke)は1960年代を振り返って述べた.「1960年代には環境の世紀の到来を語った人は誰でも嘲笑された」.本書は,環境の世紀の到来を訴えた,レイチェル・カーソン(Rachel Carson)の最重要な著作である.

 1960年代当時,環境問題が議題にのぼることはほとんどなかったという.化学薬品の効用が注目を集め,人間の英知が害虫を鎮圧できると信じられた.その時代にあって,化学薬品が自然均衡のおそるべき破壊因子となることを告発したカーソンは,徹底した攻撃を受けた.本書が出版された1962年,科学業界と食品業界,それに農務省は彼女を「妄想的なヒステリー女」と嘲っている.カーソンの著作がこれらの業界と関係省庁を攻撃する内容を含んでいたということを意味するが,結果的に,ジョン・F・ケネディ大統領(John Fitzgerald Kennedy)は本書を元に,殺虫剤に関する特別報告書を求めた.そうして「先進的な殺虫剤」の功罪が明るみに出ることになったのである.

 『沈黙の春』という題名の理由は,第1章「明日のための寓話」である町の情景から明かされる.四季の花鳥風月は生命力に溢れ,人と自然が共存していたこの町で,突如奇妙な病気が続出して流行し始める.自然は沈黙し,草木は枯れ,鳥も魚も死に絶え,家畜は冷たくなり,人は倒れる.静まり返った町には,何週間か前にここに降り注いだ白い細かい粒があった.

 このような町は実際にはないが,似たような現象は珍しくはない,とカーソンは書く.「ものみな萌えいずる春」ならぬ,「ものみな死に絶える春」というわけである.本書を読み,悲しみをおぼえたある女性は,周囲の人々にこれを読むよう薦め,自分の娘と息子にこの本の価値を説いた.その息子は後に政治家となって『地球の掟 : 文明と環境のバランスを求めて』という本を書いた.本の中で,カーソンに影響を受けた母と,その母から教えられたことを述べている.彼の名はアル・ゴア(Albert Arnold Gore,Jr.).クリントン政権で副大統領を務め,2000年の大統領選にも出馬した.

 カーソンが問題にしたのは,農薬をふくむ化学薬品の大量使用である.特に殺虫剤に注目し,「有機酸素化合物」「有機燐酸系」に殺虫剤を分類した.前者の代表格が,白い粉末,DDT(Dichloro-diphenyl-trichloroethane)である.シラミやマラリアカの駆除に効果覿面だった薬剤は,よく効くモノの代名詞として用いられ,一説にはその威力から,プロレスの必殺技にまで同名がつけられたという.DDTは多くの国では使われていないが,マラリアの頻発する地域では使われ続けた.

 環境問題の議論で難しいのは,このDDTがもたらした害悪ということだけではなく,他方では利益を供してきたことの両方をいかに正しく把握するかということであった.1930年,アメリカでオランダニレ病が流行した.これは,ニレの木樹皮に棲むニレノキクイムシが媒介する病気で,日本の松枯病とよく似ている.そこで,ニレノキクイムシ駆除のためDDTの大量散布が始まった.すると,コマドリが大量に死ぬことになった.害虫を殺すためにまかれたDDTのたっぷり付着した葉は,そのまま落ち葉となる.それをミミズが食べる.ミミズの体内に濃縮されたDDTは,今度はミミズを食べるコマドリを死に至らしめるわけである.なお悪いことに,これはコマドリだけの問題ではなかった.アライグマやタカにも同じ理由で災いが襲いかかったのである.

 殺虫作用があまりに強力で,他の動物にも悪影響を与えることは,生態系の破壊にほかならない.また化学薬品は,有害な生物を撃退するために開発されるが,それにも限界が訪れる.生物が世代交代を繰り返すと,一部の系統に薬品の「耐性」をもつものが現れ,繁殖をはじめる.そこで化学薬品をかいくぐる新世代の害虫を殺すため,より強力な薬品を大量に使用することになる.これが害虫の抵抗との戦いである.この害虫との抗争が行き着く先,それこそが“沈黙の春”ということであった.

 ケネディ大統領が科学技術特別委員会に農薬問題についての調査を命じ,カーソンの実証的研究の裏づけが取れた後,彼女は公聴会に車椅子で出席した.この時,彼女の健康状態は最悪だった.リウマチ,心臓発作,虹彩炎,悪性腫瘍などに冒されていたのである.臨んだ公聴会で,薬剤の使用をできるだけ少なくするか,全く使わない新しい防除法に関する研究を支援してほしいと訴えた.

この目的を達成するのは,創意と執着と献身が必要ですが,その生み出す成果は偉大なものです

 これを最後に,カーソンが公的な場で発言することはなかった.そして1964年,メリーランド州シルヴァー・スプリングで死去.この年の1月,『沈黙の春』は累計60万部を突破していた.

 カーソンの原点は,生物学者を志した2つの機関にあるといわれている.1つは,メリーランド州ボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学大学院.もう1つは,マサチューセッツの大西洋に面したウッズホール海洋生物研究所.もともと作家志望だったカーソンは,大学院入学後,知己からこの研究所の研修員ポストを紹介され,奉職することになった.彼女はそこで初めて海を見た.恵まれた研究環境,すべてを包み込むような大海原は,いつまで眺めても飽くことがなかったという.

 『われらをめぐる海』『海辺』と海洋関係の著作の後,本書は生み出された.『海辺』の序に述べられているように,「生物と地球を包み込む本質的な調和」というのが,海洋生物学者カーソンの原点であり,それは海から始まった.だが,本書には述べられている.

これから生まれてくる子どもたち,そのまた子どもたちは,なんと言うだろうか.生命の支柱である自然の世界の安全を私たちが十分守らなかったことを,大目に見ることはないだろう

 カーソンは,文明のもつ矛盾を解明し,解決法を導くことを先送りしてはならないと考えた.自然界の住人が不当に死ぬことになれば,人間の未来をも脅かす.人の生存と環境との共存という観点から,創意と執着と献身で英知を集約するべきだと考え,カーソンは本書とその思想を,ほぼ同時期に結ぶことになったのである.

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Title: SILENT SPRING

Author: Rachel Carson

ISBN: 4102074015

© 1974 新潮社