▼『ビルマの竪琴』竹山道雄

ビルマの竪琴 (新潮文庫)

 ビルマの戦線で英軍の捕虜になった日本軍の兵隊たちにもやがて帰る日がきた.が,ただひとり帰らぬ兵士があった.なぜか彼は,ただ無言のうちに思い出の竪琴をとりあげ,戦友たちが合唱している“はにゅうの宿”の伴奏をはげしくかき鳴らすのであった.戦場を流れる兵隊たちの歌声に,国境を越えた人類愛への願いを込めた本書は,戦後の荒廃した人々の心の糧となった――.

 の感情は,妙なる音楽の調べに乗せることができる.音楽の徒であった隊長の手ほどきを受けた水島上等兵の繰り出す竪琴の音色.さらに,隊員の心のよすがとして編み出された合唱.敗戦後の瓦礫と化した市街を知る人も,熾烈を極めた遠いビルマミャンマー)の戦地に赴いた兵士も,琴線に触れる音楽性は同じである.悲しみや喜びを増幅させ,逆に払拭させるのも音楽の特色ある装置「旅愁」「ああ玉杯に花うけて」「荒城の月」「箱根八里」.祖国に永久に戻れないまま,打ち捨てられた日本兵の遺骸――悲痛のあまり顔を歪める水島の放浪は,絶望的なトーンである.

 野生の獣に啄ばまれ,風雨に野ざらしになる同胞を捨てて日本に帰ることなどできない.柵を隔てて,狂ったように水島の名を叫ぶ兵士たちと,竪琴をかき鳴らす水島の応答は,戦が破壊したものは国土だけでなく,人間性の根幹であったことを容赦なく暴く.日本人の倫理観や死生観を,寓話として描いた竹山道雄ビルマを訪れたことがなく,従軍経験すらない.これにより,戦記としてもリアルな反戦童話としても貫徹されていないと評価されることの多い作品となった.しかし「戦争はこうやって傷と哀しみを螺旋状に撒き散らしていった」との視点までもは,軽視されるべきではない.

ここに,どうしてもしなければならないことが起こりました.これを果たさないで去ることは,もうできなくなりました

 出家し僧になった水島上等兵が竪琴を奏でる場面があるが,現地の上座部仏教では,出家者は,戒律により音楽演奏は禁じられている.ナチズムと軍国主義を嫌悪した竹山は,戦後の左翼的風潮も軽蔑し,当時の左派インテリの思惟を「上からの演繹」と批判した.全体主義による欺瞞の本質に変わりないからである.一生に一度は軍服を着る国(日本)と,一生に一度は僧となって袈裟を着る国(ビルマ)と,どちらが良いかを議論する日本兵たちは,自由主義と民主主義の存在を知らずに無邪気に首をひねる.進歩的文化人を批判した福田恆存(1955)「平和論の進め方についての疑問」とほぼ同時期に発表されたことにより,竹山と福田は,革新陣営から空想的かつ偽善的な"ハビトゥス"をもつ保守反動として警戒された.

一方は,人間がどこまでも自力をたのんで,すべてを支配していこうとするのです.一方は,人間が我をすてて,人間以上のひろいふかい天地の中にとけこもうとするのです

 義務を守って命を落とした人の鎮魂を願うことと,戦争の原因や責任の解明を同化させることを嫌悪し続けた竹山は,ベルリンとパリ留学から帰国後の1931年に一高(ドイツ語講師)に奉職し,多くの学生を指導した.その講義内容は,ドイツ語のみならず文学,歴史,哲学,政治,芸術,文明論に及ぶリベラルアーツ主義で,尊敬を集めたという.前途有望な青年たちの出征を見送る際,校庭には一高寮歌の合唱が響いた.異国で散った教え子の戦死通知を受取るたび,竹山は苦しみ鎮魂の作品を描く使命感に抗うことができず,この寓話を世に問い,その3年後――一高が新制東大に移行する時期――教職を去った.昭和の戦後と精神史に関する評論を多く著したが,戦争を物語る文学は本書以降,二度と書くことはなかった.

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原題: ビルマの竪琴

著者: 竹山道雄

ISBN: 4101078017

© 1959 新潮社