▼『裁判百年史ものがたり』夏樹静子

裁判百年史ものがたり

 ロシア皇太子襲撃,大津事件明治天皇暗殺謀議,大逆事件.昭和の陪審裁判.翼賛選挙が無効になった日.帝銀事件,犯罪史に残る大量毒殺.松川事件の十四年.チャタレイ夫人の衝撃.八海事件,三度の死刑判決.悲しみの尊属殺人永山則夫,十九歳の罪.離婚裁判,運命の一日.被害者の求刑.特別対談 「裁判百年史ものがたり」を語り尽くす――.

 が国近現代史の100年に亘る司法制度の変遷.1889年2月11日に大日本帝国憲法発布,明治刑事訴訟法は1890年10月7日公布,11月1日から施行されている.1891年ロシア皇太子襲撃「大津事件」から,刑事事件における“当事者”の権利擁護に論点を明確に提示した1997年「被害者の求刑」まで,著者は「事件としての話題性よりも,裁判として,判決として意義があるかどうか」を基準に事件を選んでいる.

 司法制度の確立を除外して近代国家の成立を考えることはできない.したがって,12のケースは明治,大正,昭和,平成の各時代の背景と無縁,と片付けられる事件は一つもない.大審院長が担当裁判官たちに露骨に迎合を強要することもあれば,戦時体制に突入することで施行停止となった陪審制度もある.昭和初期に施行された陪審法は1943年4月1日に「廃止」ではなく「今次ノ戦争終了後再施行スルモノトシ」(附則第三項)と規定され「停止」となった.

 以来,長い眠りから覚めずに置かれたままとなっている.これに対する合理性は,議論の余地があるだろう.なお実施15年間の陪審裁判は484件,うち無罪になったのは81件.無罪率は16.7%であるという.社会的に衝撃を与えたケース――下山事件大逆事件帝銀事件・専属殺人事件など――とそうでないケースの性格というものが個別性としてあるが,所収の事件史はいずれも20数ページで概要がまとめられ,分量と叙述形式に濃淡はない.

 裁判員制度が開始された翌年の刊行となっており,時宜を得ている.著者の推理作家としての力量,事実をドラマチックに描いたことに目を向ける批評が,これまでに数多くなされている.しかし予審・公判記録を中心に安定して文献にあたり,記録された事実を再構成する手法は,ジャーナリズムの公共性ベースを堅実に意識しているように見える.「ものがたり」というより「事例集」の装いが強いものの,読み応えはある良著.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 裁判百年史ものがたり

著者: 夏樹静子

ISBN: 9784163723303

© 2010 文藝春秋