▼『地球最後の日のための種子』スーザン・ドウォーキン

地球最後の日のための種子

 北極圏の凍土の地下にある「地球最後の日のための貯蔵庫」.それは作物の遺伝子を守り,その多様性を伝えるための施設だ.世界を駆けめぐり,あらゆる品種の種子を集めた一人の科学者.その生涯を追い,環境保護と私企業の問題,遺伝資源の保全知的財産権の対立を描き出す科学ノンフィクション――.

 ヴァールバル諸島スピッツベルゲンは,ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen)『雪の女王』で,女王の宮殿が建設された地として登場する.雪と氷だけの永久凍土の中に,穀物の種子及び,原種遺伝子バンク「世界種子貯蔵庫」が開設された.最大300万種の種子を保存可能な地下貯蔵庫は,温度をマイナス18~20°Cに保たれ,万が一,冷却装置が故障した場合にも永久凍土層によってマイナス4 °Cを維持できる環境に置かれ,地球温暖化の海面上昇に備え,貯蔵庫は海抜約130mの岩盤内部約120mの地点に設けられている.

 「種子が消えれば,食べ物が消える.そして君も」.これを口癖にしていたベント・スコウマン(Bent Skovmand)は,国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)のキャリアを基に,植物の遺伝資源多様性のための世界種子貯蔵庫設立に尽力する.遺伝的に同一の「単一栽培」は,全米科学アカデミーの報告書で「驚くほど脆弱」と評価されていた.1972年の米国学術会議は,グリーンピース畑の96%がたった2種の品種で占められていることに警鐘を鳴らしていた.

 品種改良を重ね,多様性を喪失して単一種となったクローン的脆弱性の克服,3,000万種の作物の種子を貯蓄・保存し,遺伝子パテント化のビジネス化の制御.理想に燃えるスコウマンの前に,知的財産権が立ちはだかり,資金確保に悩まされる.公共の枠組みで種子の遺伝情報を保全する技術やシステムが確立されなければ,――北欧の食事形式「スメルゴスボード方式」のような――穀物の種子,原種コレクションのアクセス面における汎化は実現されない.

 世界中で遺伝子銀行〈ジーン・バンク〉とされる機関数は,1,700以上に及ぶ.「地球最後の日のための貯蔵庫」は,100ヵ国以上の国々の支援を受けて具体化している.本書は,「世界から飢えを一掃したい」という素朴なインセンティブを抱いたスコウマンの苦難を中心に,不慮の事態に恒久的に備える「保険」の意義,グローバルな食糧生産の多様性の意味を考えさせる.タイム誌は,2008年の発明ベスト50の6位にスヴァールバル世界種子貯蔵庫をランク付けしている.

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Title: THE VIKING IN THE WHEAT FIELD

Author: Susan Dworkin

ISBN: 9784163731506

© 2010 文藝春秋