▼『第三身分とは何か』エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス

第三身分とは何か (岩波文庫)

 「第三身分とは何か?全てである!」1789年,フランス革命前夜に,身分特権を痛烈に批判,国制改革の筋道を提示し,歴史を動かした不朽のパンフレット.激動の時代に自由・平等を求め,国民主権,代議制,憲法制定権力等,近代憲法の基本原理を理論化した――.

 衆の大行進の先頭,高く掲げられた槍の先には,バスチーユ牢獄長官の首が刺さっていた.「自由と平等」という光り輝く理想を掲げ,近代市民社会の出発点となったフランス革命は,啓蒙思想が躍動しての「歴史における劇薬」であった.革命以前,封建時代および絶対主義時代を通じて,「第一身分」(聖職者)と「第二身分」(貴族)には,免税などの特権が与えられていた.一方,大多数を占める「第三身分」(平民)には税負担が圧しかかっていた.窮迫した国家財政の改革に異を唱える貴族たちに反発した第三身分者は,農耕・工業・商業・自由業などの個人労働のすべてを,また剣・法服・教会・政治(行政)からなる20の公職のうち19までを担っており,人口比では0.8%に過ぎない特権階級に対して99.2%を構成する身分層だった.

 1788年,国王ルイ16世(Louis XVI)は政治的混乱の収拾をはかるため,1789年に諮問機関三部会を開催することを発表するが,世論沸騰のこの時期,約1年弱の間に時事問題を扱う時局的パンフレットが1,000点以上も公刊されている.「第三身分とは何か.すべてである.今日まで何であったか.無である.何を要求するのか.それ相当のものに」.この題で始まる短いパンフレット(本書)を発表したのは,イエズス会修道院とパリの神学校で学び,啓蒙思想の影響を受けたエマニュエル=ジョゼフ・シエイエス(Emmanuel Joseph Sieyès).1787年にはオルレアン州議会議員であった.シエイエスは,聖職者・貴族に次ぐ第三身分である庶民こそ,「一個の完全な国民であるために必要なすべてのもの」を備える権威をもつ存在であると力説する.

 1788年に『特権論』を公表して貴族的特権を攻撃していたシエイエスは,本書により,多数意見から形成される「共通意思」こそ多数者の固有の権利,それは構成員の総体という意味での政治社会のありようを規定する論理を立てる.国民主権や代議制など近代憲法の基本原理の表明であり,直接民主制を批判するとともに,代議制民主主義を基礎づける理論書として認知される.第三身分こそが真の国民であり,寄生的で無用な聖職身分や貴族身分は,その特権を放棄してはじめて国民の列に加わることができる――ベストセラーとなり,フランス革命の高揚を促したフレーズは,キリスト教の教理問答に依拠したレトリックで民衆を魅了した.上位二身分と訣別し,第三身分が単独で「国民議会」を宣言する過程で,このレトリックはいくつもの重要局面で引用されることになる.ただし,憲法制定権力としての国民の「共通意思」は,革命成功まではもて囃されるが,革命後は急速に萎んでいく.

 「ミラボーとともに革命を生み,ナポレオンとともに革命を葬った」と評されたシエイエスは,統領政府では第一統領ナポレオンに次いで第二統領となった.王政復古により国外追放となるが,七月革命後に帰国,1836年に88歳で没した.「法の下の平等にある国民」といった今日の人権の基本概念は,シエイエスによって社会的認知度を高めたといわれている.一方,フランス革命後の憲法制定時に「上院は何の役に立つであろうか.それがもし下院と一致すれば無用であり,一致しなければ有害である」と二院制を批判し,一院制国民公会)に尽力した.その結果,恐怖政治が引き起こされたのである.恐怖政治期における山岳派の指導者マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien François Marie Isidore de Robespierre)の追及を恐れたシエイエスは,あるとき「恐怖政治の間は何をしていたのか」と尋ねられたことがある.彼はただ一言,「生きていた」と答えたという.

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Title: QU'EST-CE QUE LE TIERS ETAT?

Author: Emmanuel Joseph Sieyès

ISBN: 9784003400616

© 2011 岩波書店