▼『若本規夫のすべらない話』若本規夫

若本規夫のすべらない話

 早稲田大学法学部卒,警察官など複数の職業を経て,20代後半で声優界の門を叩いた異色の経歴の持ち主.50歳直前で,新規の仕事がパタッと来なくなるという危機を経験.そこから自己を見つめ直して,体と呼吸を鍛えることで仕事が激増,トップ声優の地位に上り詰めた.数々の転機を乗り越え,危機を力として再生してきた人生には,芸の道に生きる人のみならず,すべての現代人への希望やヒントが詰まっている――.

 本規夫という名前を聞けば,誰もがその特徴的な声と独自の「若本節」を思い浮かべる.若本の声は,一度聞けば忘れられないほどの強烈な印象を残すが,その背景にはたゆまぬ努力が隠されている.若本のキャリアは,他の声優たちとは大きく異なる.山口県で生まれ,早稲田大学法学部を卒業した後,警察官として働いていた.当時,機動隊に所属しており,暴動鎮圧などの任務にも従事していたこともあり,暴動事件に巻き込まれた経験もあった.その後は消費者団体職員として転職,26歳で黒沢良の声優養成所に挑戦し,高倍率の選考を突破して合格したことから,彼の声優人生はスタートした.40代後半に,若本はキャリアの中で最大の危機を迎える.新規の仕事が一切来なくなり,これまで積み上げてきた実績が無意味になるような不安に直面した.若本はこの時,自分が「ただ形だけの声を出していた」と感じ,再び一から鍛え直す決意を固めた.

 注目したのは「呼吸法」であり,少林寺拳法,西野式呼吸法,古神道祝詞,オペラの発声法など,あらゆる分野から学びを得て,体全体を使って音を出す技術を磨いた.若本は古神道祝詞だけでなく,露天商や大道芸の口上も含めて学んでいた.テキ屋(露天商)の売り口上を通じて,自然で流れるようなトークのコツやアドリブ力を磨いたのである.露天商は即興で人を引き込む力が必要な職業であり,この経験が若本の「瞬間芸」とも呼ばれる,瞬時にキャラクターを作り出す力に通じている.また,「アドリブは積み重ねがあってこそ生まれる」という信念を持ち,即興の力を磨くために日々の鍛錬を怠らなかった.特徴的な語り口,「若本節」が大きな注目を集めたのは,「投稿!特ホウ王国」でのナレーションであった.低音ボイスと独特の抑揚は瞬く間に話題となり,視聴者を魅了した.このスタイルは後に「人志松本のすべらない話」でさらなる完成を迎える.この番組のナレーションでは,緊張感を持たせつつ,芸人たちを鼓舞するような語り口で番組を盛り上げた.

 「全て実話であーるぅ〜〜」というフレーズは,その独特な発音からすぐに若本の声であることが分かり,番組の看板にもなった.若本はバラエティ番組の収録時に自分専用のマイクを持ち込むことで有名である.その声は非常に力強く,普通のマイクでは音割れを起こしてしまうため,特注のマイクを使用しているという.若本が声優業を通じて最も重視してきたのは,「呼吸法」「鍛錬」である.声を出すために丹田(腹部)を中心とした深い呼吸法を学び,それを体全体で発声する技術に昇華させた.少林寺拳法古神道の呼吸法を取り入れることで,彼の声は立体感を持ち,長時間の収録にも耐える持久力を手に入れた.さらに興味深いのは,彼が尺八(日本の伝統的な縦笛)の呼吸法にも学びを得たことだろう.尺八の演奏には非常に強力で持続的な呼吸が求められ,これを取り入れることで声の深みと持続力が増した.若本は,こうした「楽器」としての身体の使い方を絶えずチューンアップし続け,それが持ち味である「生命力のある声」を支えている.

 自身の半世紀に及ぶ声優人生を振り返り,現代の声優業界に対しても厳しい意見を持っている.「今の若い声優は,きれいに役にフィットするが,そこに深みや個性が足りない」と述べている.声優業界は激しい競争と入れ替わりの激しさが特徴であり,若本はその中で生き残るためには,単なる表現力ではなく「独自の世界」を作り出す必要があると強調している.後進に向けて発する強烈なメッセージは,「声優はただの演技ではなく,そのキャラクターを体現し,生命力を持たせることが重要だ」というものである.また,「楽器としての身体を絶えずチューンアップし続ける裏の努力」が不可欠であり,声優としての成功は日々の鍛錬と自分自身の内面を見つめ直すことにかかっていると述べている.若本規夫の声優人生は,試練や挫折を力に変えていく生き方そのものだ.その人生からは,声優業界だけでなく,すべての人にとっての「再生のヒント」が詰まっている.

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原題: 若本規夫のすべらない話

著者: 若本規夫

ISBN: 4074496224

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