Protests continue in Belarus in the aftermath of 2020's fraught presidential election. In this updated edition of his exploration of Belarus's complicated road to nationhood since it gained independence in 1991, Andrew Wilson has added two new chapters that reveal the extent of Aliaksandr Lukashenka’s grip on power, the growth of the opposition movement and the violent crackdown that followed the vote――. |
ベラルーシ――スラブ語ベラ(白)とルーシ(ロシア)で「白いロシア人」.白は高貴または自由を意味する――という国の歴史を丹念に追い,その独特な政治文化や権力構造の変遷を浮き彫りにする本書は,1991年の独立から2020年の論争を呼んだ大統領選挙に至るまで,同国が直面してきた政治的な課題と市民の抵抗運動を多角的に描いている.著者は,新版で2章を追加し,2020年の大統領選挙とそれに伴う抗議運動についてさらに掘り下げている.1994年に初当選したアレクサンドル・ルカシェンコ(Александр Григорьевич Лукашенко)は,「反汚職の旗手」として登場し,既存の政治エリートに対する批判を繰り返した.この姿勢が国民の支持を集め,大統領の座を獲得するきっかけとなった.しかし,権力掌握後は徐々に独裁色を強め,ベラルーシを欧州で唯一の「独裁国家」として国際社会に知らしめることになった.
ルカシェンコは,ソ連時代への郷愁を利用し,旧ソ連的な「安定と秩序」のイメージを維持することで市民の一部から支持を集めることに成功したが,これは国民の多様な声を抑圧する体制の確立にもつながった.2020年の選挙は,ルカシェンコに対する国民の不満を一気に表面化させた.コロナ禍への無策な対応が市民の不満を煽り,「トラクターに乗ればウイルスは逃げる」「サウナやウォッカでウイルスを退治できる」といった発言は多くの人々にとって侮辱と受け取られた.この状況で行われた選挙は,当局の発表による「80%以上の得票率」が多くの市民から疑念を持たれ,大規模な抗議運動が連日展開される契機となった.抗議運動には女性や若者が中心となって参加し,スヴェトラーナ・チハノフスカヤ(Sviatlana Cichanoŭskaja)が象徴的な指導者となった点が注目される.主婦でありながら,政治活動家である夫が選挙直前に逮捕されたことで立候補を決意し,ルカシェンコ政権に対する市民の不満の受け皿となった.
本書は,こうした抗議運動におけるデジタル世代の役割も見逃していない.IT分野が発展しているベラルーシでは,抗議者たちがSNSやメッセージアプリを駆使して情報統制をかいくぐり,デモを効果的に組織した.テレグラムといったアプリを使い,リアルタイムで抗議場所や治安部隊の動きを共有するなど,従来の手法とは異なる市民運動が展開された.これは「デジタル世代による新たな抵抗の形」と評される.また,ルカシェンコ政権が国民の支持を集めるために行ってきたプロパガンダにも焦点を当てている.ルカシェンコは自ら農場や工場を訪れ,労働者の一員としての姿をメディアに取り上げさせた.ハンマーや鋤を持つパフォーマンスは,彼が労働者階級の「守護者」であることを強調――ソ連時代のプロパガンダを彷彿とさせる演出――して注目された.しかし,その裏では権力を強化し,反体制派やジャーナリストに対する徹底的な弾圧を行っていた.このような二面性が,ルカシェンコ政権の独裁体制の特徴でもある.
ベラルーシはエネルギー供給の面でロシアに依存し,経済的にも密接なつながりがある.ロシアのプーチン政権は,ベラルーシを戦略的な「緩衝地帯」として重要視し,2020年の抗議運動以降,ルカシェンコ政権を支援するために特別部隊を派遣するなど,直接的な影響力を行使している.ロシアがルカシェンコを支援し続けることで,欧州全体に対する地政学的リスクが高まる.これは単なる独裁政権の存続問題にとどまらず,欧州の安全保障や国際社会におけるパワーバランスに大きな影響を及ぼす可能性は否定できない.本書は,ベラルーシの歴史と現状を徹底的に掘り下げ,国民の抵抗運動や権力闘争の背後にある要因を解明するだけでなく,ベラルーシの未来が国際社会全体にとってどのような意味を持つかを考察するための視座を提供している.本書の緻密な分析により,ベラルーシの動向が国際社会に与える影響を理解するための貴重な指針となっている.本書は単なる歴史書ではなく,欧州政治におけるベラルーシの位置とその変化を描いた,重厚な政治書としての価値を持つだろう.
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Title: BELARUS - THE LAST EUROPEAN DICTATORSHIP
Author: Andrew Wilson
ISBN: 0300259212
© 2021 Yale University Press