1930年,ヤラヴァーダー中央刑務所に収監中のガンディーは,修道場(アーシュラム)でみずからの教えを実践する弟子たちに宛てて一週間ごとに手紙を送る.真理について,愛について,清貧について,不可触民制の撤廃について,国産品愛用運動について‥‥ただただ厳粛なる道徳的観点からのみ行動した,「偉大なる魂」(マハートマ)の思想と活動原理の精髄――. |
インド独立運動(1857-1947)の渦中でマハトマ・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi)は「塩の行進」を指揮し,植民地支配への非暴力的抵抗のアイコンとなった.逮捕されヤラヴァーダー中央刑務所に収監されるが,この期間中も活動を止めることはなかった.刑務所からアーシュラムに残した弟子たちに宛てて送られた手紙は,不服従の核心を伝えるだけでなく,思想を具体的な行動に落とし込むための指針でもあった.それらの手紙は非暴力,平等といった普遍的な価値観を実践に結びつける試みそのものであり,思想の中心には真理があった.真理は,宇宙の根本法則であり,神そのものでもあった.幼少期に母親の敬虔な信仰に触れたこと,青年期にロンドン留学中に出会ったプラトン(Plátōn)やジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau),レフ・トルストイ(Лев Толстой)の著作は,ガンディーの思想形成に大きな影響を与えた.
『神は真理なり』と言うよりも,『真理は神なり』と言ったほうが,より的確です
ルソーの「人は自由に生まれたが,いたるところで鎖につながれている」という言葉は,インド独立運動における自由への強調を後押しした.非暴力(アヒンサー)はガンディーの哲学の柱である.グジャラート地方のジャイナ教や,トルストイの思想――神の国はあなたがたのうちにある――を通じた非暴力の理念との出会いが,この考えを深めた.ガンディーにとって非暴力は,暴力の否定ではなく,愛と共感を基盤とする積極的行動であった.塩の行進での抗議は,イギリス政府の専売体制に挑む象徴的な行動であったが,その背後には暴力による勝利は真の勝利ではないという信念があった.この非暴力の哲学こそ,後のキング牧師(Martin Luther King Jr.)やネルソン・マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela)にも多大な影響を与え,20世紀の人権運動の基盤となったのである.
ガンディーは,自己制御と禁欲(ブラフマチャリヤ)を重視した.自らを試すために誘惑に接近し,それを克服する実験を行ったことは物議を醸したが,弱さを克服し,真理に近づくための実践であった.禁欲主義は日常生活にも反映され,質素な暮らしや簡素な食事を推進する形で具現化された.食生活についても,菜食主義を貫き,断食を通じて身体と精神の浄化を行うことは,ガンディーにとって日常的な実践だった.さらに,断食は自己の鍛錬であると同時に,社会的抗議の手段でもあった.不可触民差別に抗議する断食では,インド社会の根深い差別意識に対して直接的な訴えを行い,多くの人々に衝撃を与えた.不可触民制の撤廃は,ガンディーが最も力を入れた社会改革である.
不可触民をハリジャン(神の子)と呼び,彼らと共に食事をして平等を訴えた.この活動はカースト制度の根本的な改革を目指したものであり,伝統的な価値観を揺るがすものだった.しかし,ガンディーの改革は急進的ではないとして一部の不可触民運動家から批判を受けた.それでも平等の実現は段階的な変革を必要とする立場を貫き,平等と共感の重要性を説き続けた.ガンディーの思想は,インドの伝統的哲学だけでなく,トルストイやキリスト教,さらには仏教の慈悲心など多様な影響を受けている.これらの思想を統合し,個人の内面的な浄化と社会的な改革を不可分に結びつけ具現化した点で,稀有な例であった.ヤラヴァーダー刑務所から送られた手紙は,哲学の記録であると同時に,理想主義と実践主義を融合させた具体的な行動のためのガイドラインでもあった.
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Title: FROM YERAVDA MANDIR - ASHRAM OBSERVANCES
Author: Mahatma Gandhi
ISBN: 9784003326114
© 2010 岩波書店