▼『「塩」の世界史』マーク・カーランスキー

「塩」の世界史: 歴史を動かした、小さな粒

 塩は,人間の生存と生活に,欠くべからざる物質である.そして,人間の歴史は,塩をめぐって大きく展開してきた.科学技術,土木工学,税制や社会体制,そして宗教や料理といった文化も,塩によって発達した.ときには,部族間・国家間の対立や戦争も引き起こしてきた.本書は,「塩」をカギに,人間と文明を説き起こした驚異の歴史書である.世界的ノンフィクション作家が,膨大な調査をもとに完成した,知的刺激に満ちた1冊――.

 体には約250グラムの塩化ナトリウムが含まれる.体内で合成できないナトリウムは,消化と発汗,神経インパルスの伝達や内臓の筋肉稼働にも必須.中国では,塩の採掘で土木技術が発達.塩への課税が闘争を生んだ.ローマ帝国では,塩は民主制・人民の権利の象徴となった.タラの塩漬けはヨーロッパを席巻し,交易を爆発的に促進させた.アメリカ独立戦争中,英国は海上を封鎖し,塩の入国を阻止した.

 インド独立運動は,塩をめぐる争いからはじまったという.ローマ人はケルト人の製塩所を強奪し,アダム・スミス(Adam Smith)は,塩が商取引の通貨として用いられたアビシニアを紹介した.あるいは,塩は神とイスラエル民の契約で「永遠性」の象徴とされたのである.人体に対する恩恵が「無意識化」されるほどに,塩の浸透圧は高い.日本における塩の用途は,食品加工用が10数パーセントであるのに対し,一般工業・ソーダ工業加工で90パーセント近い.

 兵士に対する塩の支給が「サラリーマン」の語源であることを考えると,製塩量の格差が軍事力の差に結びついたアメリ南北戦争,塩とスパイスの交易で地中海貿易を制したヴェネツィアの産業力などは,もはや過去のスキームで評価されるしかない観がある.今や戦略物資化と獲得競争の面で,塩は石油と天然ガスに及ばない.しかし,塩が外交,地政学の上で古今東西の王道と詭道を演出してきた物質という事実に変わりはないのである.

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Title: SALT

Author: Mark Kurlansky

ISBN: 459405076x

© 2005 扶桑社